集中治療室の、アイスキャンディー

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実は、この3週間

気が気ではなく

生きた心地がしなかった

なぜなら

私の友人・・・親友?・・・いや

しっくり来る言葉がない・・・

なんて言ったらいいんだろ

妹のような、姉のような、そんな存在の人

Mちゃんが倒れたからだ

 

彼女とは

30年以上前

私のマネージャーとして出会った

身の回りのことも、車の運転も

交渉ごとも、有能に捌いてくれていた

10年くらい経って

元々劇団員であった彼女は

女優の道に専念することになり

仕事上の関係は、なくなったけれど

密な関係は続いていた

他の人には言えないようなことも

お互い吐露するようになっていたし

私のことを、いつも無条件で応援してくれた

私の母kazukoさんのことも大切にしてくれ

車椅子のkazukoさんを連れて

色んな所に、食事に出かけた

Mちゃんは、食べることが大好き

いつも愛くるしく、ニコニコ

そんなMちゃんのこと

kazukoさんは、ずっと、大好きだった

 

そのMちゃんが、心不全で倒れた

救急車で運ばれ

緊急の大手術をした

その他何箇所も、

それこそ身体中の器官が弱っていて

糖尿も悪化していた

 

「 え?・・・糖尿?」

誰もが耳を疑った

そんな病気を持っていたなんて

誰も知らなかった

でも、納得した

正直な所、

Mちゃんは、普通の人の2倍ぐらいの体重がある

その上、沢山の美味しいものを食べているから

糖尿になってもおかしくなかった

私も、若い頃は

「 体のことを考えた方がいいよ 」なんて

口を酸っぱくして言っていたけれど

50歳をすぎた大人だからと

いつの間にか、何も言わないようになっていた

後悔した

 

糖尿病から、体全体の各機能が不全になり

心臓の管も、ほとんど塞がっていた

「 助かるのは、20%の確率です 」

お医者様から、そう告げられた

 

そんな・・・!!!

この世から、Mちゃんがいなくなるなんて

そんなことあってはならない

大事な大事なMちゃん

祈った

狂ったように、祈った

手術後のICUで

私はMちゃんの耳元で

「 Mちゃ〜ん、Mちゃ〜ん、大丈夫だよ〜 」

と、思いっきり大きな声で叫んだ

多分、ICU中に響いたから

看護師さん達は、驚いたと思う

もしかしたら、Mちゃんも

「 うるさいよ、みっちゃん!」

と思っていたかもしれない

それ位、大きな叫び声だった

 

kazukoさんにも、報告した

私の友人の名前は、ほとんど忘れているのに

Mちゃんのことは、しっかり覚えていて

かわいそうにかわいそうにと心配した

iPhoneのビデオに

「 Mちゃ〜ん、がんばって!」と

メッセージも送った

 

「 まだまだ山は超えていません 」と

お医者様は言っていたけれど

毎日毎日、ひとつずつ

身体中に繋がっていた管が、減っていった

そして、ようやく意識が戻った

でも喘ぐ声で、Mちゃんは言った

「 アイス・・・食べたい・・・」

口の中が、猛烈に乾燥し

高熱で、堪らなくなっていたのだろう

「 仕方がないよ、我慢しなきゃね 」

みんなで、答えた

でも・・・

 

次の日

私は凍った保冷剤を持って行った

口元に持って行ったら

Mちゃんがくわえてくれた

「 おい・・・しい・・・」

そして、看護師長さんにお願いしたら

なんと、師長さんが

特別なことを考えてくださった

口の中を洗浄する

先にスポンジが付いたスティックを

あらかじめ、水に浸して凍らす

まるで、アイスキャンディだ

柔軟に考えてくださる看護師長さん

心底、感謝した

その特別アイスキャンディで

口の中を拭いてもらうと

Mちゃんは、極上の笑顔に見える歪んだ表情で

「 ごちそうだ〜〜」

と、呻いた

 

そして3週間経った

 

Mちゃんは、まだまだ腕も上げられないし

首も自由に動かせないけれど

本物の氷も食べさせてもらえるし

ゼリーも、食事で出るようになった

この後は、リハビリの病院に移る

 

きっとこの後は

日に日に良くなるだろう

 

でもね、Mちゃん

私は、決めたよ

これから、私は、鬼になる

しっかりと糖尿の治療をし

Mちゃんの大好きな食事の制限をしなきゃ

だから、鬼になるよ

Mちゃんの周りはみんな、鬼だらけだ

みんなMちゃんのこと大好きだから

大好きだから、鬼だ

 

でも

生きてくれて、ありがとう

戻ってきてくれて、ありがとう

ありがとう

良くなったら

うんと美味しいもの

食べに行こう!

 

あ・・・

もしかしたら

私、鬼になりきれないかもしれないな

ダメな私だ

 

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結婚とは、するものでなく、し続けること

 

友人の結婚式に参加した

と言っても

結婚33周年

33年目の結婚式だ

年上の奥様は60歳、還暦を迎えられて

還暦のお祝いパーティも

併設のレストランで、豪華に行われた

 

旦那様は、日本でもトップクラスの脳外科医

奥様は、元宝塚で、

今は、バレエ教室も主宰していらっしゃる

お二人の出会いは、

電車の中で、変な輩に絡まれていた、

タカラジェンヌだった奥様を

まだ東大生だった旦那様が助け出し

すぐに恋に落ちたことから始まった

 

でも双方のご家族からは猛反対され

駆け落ち同然で

結婚式は、二人だけで挙げたと言う

だから

多くの人に祝福される式は

初めてだ

 

33年の間、若いけど貧しい生活から始まり

子供を二人授かり

色んな困難な出来事があった上で

今、とてもとても幸せな二人

 

お二人は

教会で、ベールアップをし

情熱的に接吻を交わした

33年の、夫婦の歴史を紹介する時には

お互いに、最高の人と褒め称え

愛していると、延々とお話しされた

 

正直言うとね

あまりにも直球の愛の告白すぎて

目の前で、大胆な接吻もされて

見ている方としては

ちょっと照れくさく

恥ずかしくなっちゃったよ

でもね

そのうち

恥ずかしくなる自分自身が

恥ずかしくなってしまった

 

同じように

私も、今年結婚33年目を迎えるけれど

人前で、キスできるかしら

人様の前で

愛している、ありがとう

今あるのは、あなたのお蔭

なんて、公言できるだろうか

照れ屋だから、無理かなぁ

 

純白のウェディングドレスを着た新婦に

(いや、古婦か?)

「 まあ、きれいね〜

ご挨拶も、さすが元宝塚、素晴らしかった」

と、声をかけたら

開口一番、返ってきたのが

「 お願い・・・

パパのことも、ほめてあげて!」

 

この日のウェディングと

還暦パーティは、ご主人様からのプレゼント

羨ましいなあ〜

私は夫からプレゼントなんてもらってないな

なんて、思ったけれど

それは、仕方ないね

私は、33年の月日に慣れてしまって

こんなに、夫に思いやり深く接してないもの

奥様が、33年間、ずっと笑顔で

旦那様に心遣いし続けていることが

晴れやかなパーティとなったのだろうから

 

この日

式とパーティーに参加した全員が

最初は、少し照れくさかったかもしれないけど

パーティが終わる頃には

もう、最上の幸せな気持ちになって

会場を、後にした

 

「 結婚って、するものではなくて

し続けることなんです 」

なんて、いつも、招待された結婚式で

先輩ぶって祝辞する自分の言葉を

あらためて、思い出した

 

もう一度、結婚について

考え直して

居住まい正したよ

Friends | 13:56 | comments(3) | trackbacks(0)

ネプリーグのお蔭で、同期捜索隊

上段右から2番目私、その下亀山君、下段左から2番目黒岩君

 

 

今日オンエアだった「ネプリーグ」

放送前に、スタッフからの要請があった

「 亀山社長と写った新人の頃の写真ありますか?」

 

亀山社長とは、フジテレビ社長の亀山千広さん

私のフジテレビ時代の同期入社

もう一人、神奈川県の黒岩祐治知事も、同期だ

総勢たった21人の同期の中に

フジテレビ社長と、県知事がいると

番組の中で、話が出たから

その写真が必要になったらしい

 

亀山君と一緒に写っている写真か・・・

私が持っているのは

みんなで酔っ払って、ふざけた写真

こんな写真を、世に出すわけにはいかないね

SNSなんかで、回ったら、大変だ

 

私達が入社したのは、1980年

そう言えば、新入社員研修で

河口湖に合宿に行った時の集合写真があったけ

でも、私、持っていない

誰か、持ってない?

 

一番に、いつも同期会幹事をしている、

フジテレビ秘書室のY君に電話して聞いた

必ずや、彼は、持っているに違いない

「 いや〜、僕が持ってる写真はさ〜

あいにく、亀山が出席しなかった時の

同期会の写真だからさ〜 」

 

次に、私含めて3人だった女性陣に聞いた

一人は、写真どこにあるかわからず

一人は、持ってはいたものの

全ての写真をデジタル化する為

業者に出してしまい、手元にないとのこと

(今時、こんなサービスもあるのか)

 

もう仕方ない

同期21人に、一斉メールで、尋ねた

すると、K君が、この写真では?と

亀山社長就任お祝い会の写真を送ってくれたけど

それは3年前、最近すぎる、新人の頃じゃない

そこで

「 僕、持ってるよ!」

と言ってくれたのが

北海道文化放送の取締役になっているH君

やった〜!

 

でも、メールで送ってもらうはずが

なかなか送られない

待ちきれず、電話した

でも、出てくれない

メッセージで送ったら

「 あなたは、誰?」

と、来た

H君、私の電話番号、登録解除していたらしい

全く、参る

ようやく電話で話すと

「 持っているけど、探しきれなかったよ

あと、数日、待ってくれれば・・・」

それじゃ、オンエアに間に合わないでしょ!

 

もう最後の手段

みんなに、電話しちゃえ!

って、言っても、登録されている番号は少ない

しかも、電話すると、みんな、驚く

「 おぉ、山村! おぉ久しぶり! おぉ元気?」

それもそのはず

電話で話すの、もう何十年ぶり

仕事中の人やら、空港でチェックイン中の人やら

みんな、探してみるよ、ちょっと待ってとの返事

あ〜あ

あの新人で、みんなで撮った写真、ないのかな

仕方ないな、最近の集合写真で我慢してもらうか

 

と、諦めかけた頃

今は、スポーツ番組の制作会社にいるO君から

「 山村、見つけたよ!」と電話

しかも、彼の勤めている会社は、家から近い

犬のカレンとセリーナと共に散歩がてら

喜び勇んで、取りに行った

なんと、O君

仕事の合間に、自宅に取りに行ってくれたとのこと

しかも

写真が古くて、オンエアに耐えられないから

画像処理までしてくれていた

さすが、プロ!

 

メールで見つかったと皆に連絡すると

「 捜索中止しま〜す!」

と、あちらこちらからメールが来た

みんな、探していてくれたらしい

感謝!

 

集合写真のポーズで、盛り上がった

皆が指で数字を表している

これは、何だ・・・

そのうち、誰かが答えた

これは、マラソンの順位だと

そう言えば、研修合宿で

男子は、マラソンをやらされたっけ

女子も、少しだけ走ったような

坂を上がって走り、息切れし・・・

マラソンゴールの先には

とてつもなく大きな富士山が見えていた

 

みんな、富士山に向かって走り

みんな、フジテレビの中の未来を見つめていた

21人は、何かに向かって、走ってたんだな

 

あの日の夢のまま、社長とか、他の部署で

フジテレビの為に頑張ってる人もいるし

でも、会社辞めて、知事になった人もいるし

医者になった人もいるし

女性起業家になった人もいる

中には、定年になって

次のステップに進んでいる人もいるし

家でのんびりする人もある

私は・・・女優になった

 

番組出演で

思いもかけず同期の優しさに触れ

何人かの同期とは、電話でも話すことも出来た

あのゼイゼイ苦しかったマラソンのことを

みんなで、思い出せた

 

・・・・・

 

ケッ

もう、37年も、経っちまったぜ!

 

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3年前の集合写真・・・大人になっちまった

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105歳が抱く夢を、叶えたい

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10月4日にお誕生日を迎えられた、

聖路加病院の院長、日野原重明先生の

バースデーパーティの司会をさせていただいた

 

日野原先生にお会いするのは

一昨年

先生が名誉会長を務められるNPO法人で作成した、

動物愛護の映画「チロリ物語」で

物語部分のナレーションを

担当させていただいて以来

2014.7.7と、8.9のブログより )

 

105歳?

ねえ、信じられる? 

105歳!

 

車椅子に乗られてはいるけれど

お話は、ユーモアたっぷり

モノマネタレントの、中島マリさんのモノマネには

「似ていてびっくり、心臓がバクバクしてしまう!」

と、皆を心配させ

オペラ歌手の方の「乾杯の歌」や

全員でのハピーバースデイーの歌を聞いた後は

「嬉しくて、今度は心臓が止まりそう〜」だとか

思わず、会場を慌てさせて

大笑いの渦に巻き込んでしまわれる

本当に、ウィットに富んでいらっしゃる先生なのだ

 

日野原先生には、夢がおありだ

2020年

東京オリンピック、パラリンピックで

聖火ランナーを務めること

確かに、そうだね

車椅子に乗ってさえいれば

日野原先生でも、走ることができる

なんて、素敵なんだろう

しかも目の前で

ユーモアたっぷりお元気な先生を拝見していると

夢は、夢でない

確実な「現実」と思えてくる

 

2020年の夏

颯爽と風を切って、車椅子で走る

108歳の聖火ランナー

沿道で、みんなが笑いながら、手を振る

そんな日が

本当に、楽しみ

 

日野原先生!

お誕生日、おめでとうございます!

 

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中島マリさんと

先生、パーティーの後は、ちょっとお疲れ!

 

日野原重明先生のご依頼で作られた映画

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私、昔、タカラジェンヌ・・・

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左から、真織由季さん、えまおゆうさん

 

「 私、昔、宝塚、タカラジェンヌだったの 」

 

5年にいっぺんくらい、こう言ってみる

その度に、相手は、グルグル頭を巡らすのか

ポカンと、私の顔を食い入るように見た後

ようやく気づいて、正気に戻り

「 おい! 」

と、ツッコミを入れてくる

でも、中には

「 へ〜、そうなんですか! 知らなかった〜!」

なんて、純情に、騙されてくれる人もいる

ちょっと背が高い感じとかが

一瞬、元宝塚の男役と思わせるのかな

だから

このホラ遊びは、やめられない

 

もちろん

私は、タカラジェンヌではないし

宝塚に、のめり込んだこともない

でも、今までに

数回観劇した宝塚の舞台は

素晴らしいエンターテインメントで感動したし

胸が、キュンキュンもしたし

熱烈な宝塚ファンの人たちの気持ちが

よくわかる

 

元宝塚の男役トップスター、えまおゆうさんの

お誕生日ライブを訪れた

えまおゆうさんは

先月の舞台「友情」にもゲスト出演していらした

でも、彼女は秋組、私は桜組で

舞台では、共演はなかった

でも、稽古場で少しお話ししたことで

いつのまにか、共演したような気になっている

 

えまおさんのライブは

田原俊彦さんの歌もあり

宝塚の男役の歌もあり、バラードあり

圧巻は、レミゼラブルの「ワン・デイ・モア」

本当に、楽しませてくれた

またゲストで参加した、

やはり元宝塚の真織由季さんとのトーク

これがまた、最高だった

えまおさんの、飾らない人柄が

本当に大笑いしてしまい

彼女の懐の深さを感じたよ

 

そして、真織由季さんとは

実は、2000年公演のミュージカル

「ステッピングアウト」で、共演している

前田美波里さん主演のタップダンスのミュージカル

歌も踊りも、本当にハードな舞台だったね

私にとってみると

元宝塚、元劇団四季の共演者の中

所謂、プロのミュージカルスターに混じって

脚上げて、歌って、踊って、芝居して、汗かいて

ダルマと呼ばれるレオタード着て

ホント、苦しい3ヶ月だったっけ

真織さんと会うのは、ほとんどそれ以来だから

きゃー!と言って、抱き合った

 

上の写真のように

えまおゆうさんや、真織由季ちゃんと写真に収まると

まるで「私も、元宝塚!」

なんて、嘘、言ってみたくなるでしょ?

 

その上

また、別の日には

えまおゆうさんが、スペイン料理店

六本木「アサドール・エルシエロ」

元宝塚トップスターの皆さんを連れて来てくださった

ご挨拶に伺って、写真に一緒に写ってしまうと

またまた、私、ホラ吹いちゃうよ

「 私、元タカラ・・・」

「おい、おい!」

すみません・・・

 

しかしながら

元トップスターの皆さんから放たれる

オーラは、半端なくて、ホントに眩しかったよ

でもね

どこか、少女のような楚々とした感じもある

(たとえ、年齢は少女でなくても)

これなんだね、宝塚の魅力

「オーラ」と「少女」のアンバランスが

きっと、ファンの心を掴んで離さないんだね

と、思った次第

 

さて、私

5年後くらいに、懲りずに、またホラ吹くだろうけど

今度は、この写真、見せながら

言ってみようかな

「 私、元、宝塚のトップスターだったの・・・」

誰か

だまされてくれるかな

 

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左から、白城あやかさん(中山秀征さんの奥様)、えまおゆうさん

麻路さきさん、私、稔幸さん、湖月わたるさん

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明治大学副学長は 100%の牛尾奈緒美ちゃん
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元フジテレビ女子アナが大集合し、あるお祝いをした
後輩アナウンサーだった、牛尾奈緒美さんが
何と、明治大学の、副学長に就任したのだ!
嬉しい、嬉しい!

奈緒美さんは・・・と言うより、奈緒美ちゃんは
私より3期後輩で入社した
言わば、妹のような存在
会社にいた頃も、スキーに一緒に行ったり
仲良くはしていたけれど
お互いに、退社後、仲は深まっていったと思う
彼女が由緒あるお家に嫁ぎ
一時期、お嫁さんとして家に入り
お嬢さんを産んだ
それだけでは飽き足らず、勉強を始め
短大の講師を始めたりして行った
一つずつ階段を登るたび
お嬢さんのことや家庭、自分の勉強のことなど
色々悩み、ぶつかり、そのたんびに
私も一緒に、悩んだり励ましたりした
逆に、奈緒美ちゃんも
何かにつけて、私を応援し続けてくれていた
お互い、泣きながら励ましあったこともある
「がんばろうよ、奈緒美ちゃん!」
「がんばりましょうよ、美智子さん!」
言わば、奈緒美ちゃんは、心の友、心の妹だ

ある占いで、奈緒美ちゃんと私は
「知性で100%の相性」と出たことがある 
100%なんて、そんなに出ないらしい 
て、ことは私の知性も、副学長並み? 
なんて、訳のわからない冗談だけど 
私達は、その100%の仲と言うのを喜び、誇りにしていた

奈緒美ちゃんは、とても美人でゴージャスだけれど
その内は、真面目で、まっすぐ一生懸命
公には、美しい姿しか出てこないし
セレブの佇まいの奈緒美ちゃんだけれど
本来は、コンタクトレンズをはずし
分厚いレンズのメガネをかけている姿
そんな素朴で、知性溢れる女性が
私の中の奈緒美ちゃんなのだ

今や、大人気の明治大学、そこの副学長なんて
それはそれは、大変な仕事だね
きっと奈緒美ちゃんは
水面を優雅に泳ぐ、美しい白鳥のように
すいすいと、物事を突き進めて行くに違いない
でも、実は、水中では必死に足を動かし
漕ぎ続けて、前に進もうとするはず
あの分厚いレンズのメガネをかける姿で
無骨に、真面目に努力していくはずだ

でもね
もし何か困ったことあったり
ぼやきたいことあったら
いつでも、いつものように、会おうね
「ちょっと、聞いてくださいよ!美智子さん!」
いつでも、待ってるからね
「100%の仲」なんだから

そして
私だけではなく、こんなにも沢山の仲間が
奈緒美ちゃんを誇りに思い、味方になるからね
どうか、頑張って、優雅に美しく泳いで行って!

奈緒美ちゃん、明治大学副学長就任、おめでとう!

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寺田理恵子ちゃん 牛尾奈緒美ちゃんと

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六本木アサドール・エルシエロにて

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「Ise Jingu」は「氣」、パワースポットの本


一冊の本を紹介させてくださいね
予てからの友人、写真家、稲田美織さんの
伊勢神宮の写真集の英語版「 Ise Jingu 」が出版されました

美織さんとは、ニューヨークで知り合い
その頃から、彼女は、各地の聖地を撮り続けていたのですが
現在は、伊勢神宮を深く撮影し続けています
伊勢神宮のお膝元で育った私からすると
内宮さんが、本当に美しく荘厳に神々しく撮影され
心から、嬉しくなってしまいます
その上、美織さんは
地元の人達さえ知らないこと気付かないことを
追求し、卓越な文章に表現しているのです

美織さんと友人になったのは
30年以上の付き合いになる私の親友
NYに住む寺尾のぞみさんを通して
のぞみさん・・・のぞみは
このブログに、何度も何度も登場しているのだけれど
本当の、パワー溢れる女性
そののぞみが、美織さんのサポートを続け
出版記念パーティーのこの日も
司会をしながら、訪れた人々をハグしてもてなし
その笑顔のシャワーで、のぞみの周りには
いつも「氣」が流れている
そんな友人です
その氣を受けて、美織さんが
世界で一番(だと思う)のパワースポット
伊勢神宮を撮り続け
その出版のお祝いには
みんなが、「氣」のパワーを浴びに来た感じ

いわば、この本は
世界中の人に向けて「氣」を放つ
パワースポット本なのかもしれません

どうぞ、皆様
海外のお友達がいらしたら
このパワー溢れる本をプレゼントしてみては
いかが?

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稲田美織さん、寺尾のぞみさんと

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愛川欽也さんのこと
遠い遠い昔

愛川さんとは、沢山の特別番組で、司会をご一緒したし
「なるほど・ザ・ワールド」
(私はレポーターや回答者)でも、ご一緒した
おいしいお食事も、ごちそうしてくださった
本当に、眼差しの温かい方だったし
時々、少年のように突っ走られる感じもあった

私が会社を辞めて、最初の仕事が
「ベストヒット100」と言う名前だったか?
その特番の司会でご一緒した頃だったと思う
愛川さんが、真摯に、誘ってくださった
「 これから一緒に色々な番組の司会をして行こうよ
どう? みっちゃん!」
せっかくの、本当にせっかくのお誘いだったのに
その頃の私は、司会の仕事に疲れ果てていて
役者への軌道修正をしようと思っていたから
その優しいお誘いに、意固地にも
頷くことが出来なかった
それどころか反対に
私は、愛川さんの演技が大好きだったから
「 愛川さん、もっと演じるお仕事してください!」
と、僭越にも、申し上げてしまったのだ

「 そりゃさ、そうしたいさ〜、みっちゃん
役者の仕事が、オレだって、一番好きだからね
でも、ほら、
役者じゃ、食べていけないだろ?」
寂しそうに、答えられた

それから、何十年もかかって
愛川さんは、映画を作り、劇場を作り
大好きなことを
なさりたいことの比重を
増やし始めていらしたのに

愛川さんと、司会でご一緒する時に
メイク室などで、うつみ宮土理さんにお会いすると
さっと、そばに駆け寄ってくださり
「 今度、うちのが、ご一緒するんでしょ
どうぞ、よろしくお願いしますね!」
と、軽やかに、ご挨拶をしてくださっていた
本当に、お二人は仲が良いのだと、
若い私は、なんだか、深く感動していた

宮土理さん、どんなにか、お寂しいだろう
どんなにか、苦しくていらっしゃるだろう

愛川欽也さんのご冥福を
心から、ココロから
お祈りしています
温かいお気持ちを、ありがとうございました

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フジテレビ「ひょうきん」な「女子アナ」たち
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左から、長野智子ちゃん、私、寺田理恵子ちゃん

さて、ここで、問題です!

上の写真の3人が出ていた番組は、何?


すぐにわかったあなたは、

きっと、35歳以上の方のはず

正解は

「 オレたちひょうきん族 」!!!

3人は、今や伝説となってしまった番組のコーナー

「 ひょうきんベストテン 」の歴代司会者

実は

 私達が、こうやって同時に写ったのは初めてのこと

真ん中の私が初代、2代目が寺田理恵子ちゃん

3代目が、長野智子ちゃん

思いっきり嬉しくて

スリーショットを、何枚も撮影した


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左端が城ヶ崎祐子さん、右端が益田由美さん


そして、この写真、両端のお二人は

私のフジテレビ時代の、先輩アナウンサー

城ヶ崎祐子さんと、益田由美さん

祐子さんは、すでに退社しフリーで活躍され

そして、由美さんは、この度

「 女子アナ 」としては初めて、定年を迎えられた


そのお二人の還暦祝いの会が

都内のレストランで、盛大に行われたのだ


こうやって、写真を撮りながらも

あちらこちらで、しっかり通る声で

キャアキャアという歓声が湧き上がる

なんと、1975年入社の、田丸美寿々さんから

2000年入社の、梅津弥英子ちゃんや政井マヤちゃんまで

総勢43名が、レストランに大集合した


とにかく、仲がいい

みんな、会えて嬉しくて、仕方ない

中には、この日、初めて会うのに

遠い親戚に会ったかのように、つい、

「 元気〜〜? 」

「 お元気ですか〜?」

なんて、声をかけてしまう

フジテレビ女子アナの、仲良しDNAは

続いているようだ


しかし

昔からそうだったわけではない

私が入社した当時

フジテレビは視聴率もどん底で

アナウンス室も

ピリピリとした緊張感で、張り詰めていた


やがて、社内改革が起き

ニュースと天気予報だけだったアナウンサーも

ゴールデン番組に起用されるようになった

私は「 オレたちひょうきん族 」

益田由美さんは「 なるほど・ザ・ワールド 」

高視聴率と話題で、私達は注目されるようになった

私は「 ひょうきんアナウンサー 」

由美さんは「 ひょうきん由実 」と呼ばれた

でも

二人共、「 ひょうきん 」と言われることが

嫌で嫌でたまらなかった

同時に、「 女子アナ 」と言われることも

私達、女子じゃないのに、女性なのに

と、ブツブツ言っていた


この二人が

「 楽しくなければテレビじゃない!! 」の

フジテレビの広報キャンペーンに、起用された

由美さんが「 Dr.スランプアラレちゃん 」

私が「 タケちゃんマン 」に扮装して

ポスターやCMに、次々と露出した

撮影が続いて寝不足でフラフラになるほどの毎日

でも

その頃の社内には、まだ理解ない人がいて

「 アナウンサーなのに、恥ずかしくないの?」

と、聞いてくる人もいた

だから、由美さんと私の結束は固まっていった


そして

「 ひょうきん 」と呼ばれることも

「 女子アナ 」と揶揄されることも

だんだんと、平気になっていったように思う

たとえ

「 Dr.スランプアラレちゃん 」の格好をしていても

「 タケちゃんマン 」になって、ナハナハナハと叫んでも

この間まで、どん底だったフジテレビのために

私達アナウンサー、「 女子アナ 」はがんばるのよ

と、そんな気持ちだったから、何でも出来たし

「 恥ずかしくないの? 」と

批判したオジさん社員を、見返す気持ちだった

私達が、あなたを救ってあげるのよ!

と言うくらいの、気持ち

「 ひょうきん 」だろうと

「 女子アナ 」だろうと

そんな上っ面のレッテルは、関係ないさ!


その頃には

後輩の「 女子アナ 」に何かあっても

まず理解するようにした

それは由美さんや私とかだけでなく

周りの、上の女性アナウンサー達もそうだった

もし、何か注意すべきことがあったら

直接本人に、真摯に物申す


そう言えば

私も、一期先輩のS美さんから

番組打ち合わせの後、肩並べ歩きながら諭された

「 みっちゃん、さっきの言い方は、良くないよ 」

プロデューサーに理不尽な要求をされ

強い口調で反発した私を、S美さんは叱ってくれた

・・・そうか・・・

もっとリスペクトした言い方があったんだ・・・

反省した

その日から、今でさえも

あの時のS美さんを思い出し、肝に銘じることがある


私は 早々にフジテレビを退社したけれど

城ヶ崎祐子さんは、20年

益田由美さんは、38年も在籍し

フジテレビアナウンサーとして、定年を迎えられた

今も、フジテレビ女性アナウンサーが雰囲気良く

仲良くいられるのは

長く在籍した先輩たちの

ひとえに、益田由美さん達の功績だと思う


今も時々

人から、今のフジテレビの女子アナ、どう思う〜〜?

と、斜に構えて聞かれることがある

でも

フジテレビに在籍してアナウンサーだった私が

今の女子アナを理解しなくてどうするんだろう

と、思う

華やかに見えるけれど、プライベートも晒され

でも、タレントではなくて、OLの社員で

会社のために、番組のために

がんばんなきゃいけない仕事

そんな特異な経験をした人にしか

理解できないこともある


最近、社員アナウンサーを経験した方々が

女子アナを批判されることが、見受けられるけど

できれば、フジテレビは、そうじゃないといいな

この日集まった全員が

多分、同じ気持ちだったと思うよ


ホント、この夜は、楽しくて楽しくて

分かり合えて、幸せな時間だった

二次会には、狭いウナギの寝床のようなバーに

ギュウギュウ詰めにして座って、飲み直したけれど

夜も更け、みんなが帰ると言うのに

「 私、今日は、とことん飲むわ〜 」

 と、残っていた田丸美寿々さん

大先輩を残して帰ってきてしまったけど

美寿々さん、だいじょうぶでした?

こう言う豪快で洒脱でサッパリしたDNAも

きっと「 ひょうきん 」な「 女子アナ 」達は

受け継いでいるはず


あ〜、楽しかった!


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益田由美さん、城ヶ崎祐子さんの、大撮影会


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集合写真は、現役のフジテレビアナは、NG


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だから、こうやって、反対側で撮影係


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いつまでも変わらない大先輩の田丸美寿々さん

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宥久子さんに きっと 怒られる
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友人の「美のカリスマ」田中宥久子さんの偲ぶ会
司会をさせていただいた

昨年の、クリスマスを前にした頃、
抗がん剤治療で入院していた病院を抜け出し
宥久子さんが、代々木上原の洋食屋さんに
私を連れて行ってくれた時のこと
おいしいハンバーグを口いっぱいに頬張りながら
何気なく、さらりと、私が言ってみた
「 なんかさ、会みたいなのするなら、私、司会、やるから 」
でも、言い終わった瞬間、バラバラ涙が溢れてしまった
宥久子さんは、笑いながら、私の背中さすった
「 ハハハ、泣かないの〜!」
ハンバーグが喉に詰まったふりして、グイグイ涙ふいた
「 泣いてないよ 」

結局、偲ぶ会の司会をしても
宥久子さんが、天に召されているのが、実感出来ない
明るくしようとして、場にそぐわない元気な声になり
驚いて、落ち着いて喋ろうとしたら
何言ってんだか、文脈がグチャグチャになった
きっと、いつものように、間違いなく
宥久子さんに、怒られると思う

林真理子さんと、中井美穂さんと、写真を撮った
どんな顔して写っていいかわからない
笑っていいのか、悲しい顔していいのか
みんな、戸惑いながら、写った

やっぱ、私、色々、宥久子さんに、怒られると思う
・・・でもね・・・
も一度、怒られたいよ

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