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伊勢神宮へ、小さな私へ、タイムトリップ
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三重県では
「メンチカツ」と言わずに、「ミンチカツ」と言ったんだ
そう思い出した

撮影の合間の1日を使って
ロケ地の三重県桑名市から、故郷の伊勢市を訪れた私
「豚捨」と言う名の肉屋さんで
揚げたてのミンチカツとコロッケを買い
歩きながら、マスクの下から、頬張った
アチ〜ッ!
熱々で、美味しくて・・・あぁ、こんな味だった!
懐かしかった
何もかもが、懐かしい、伊勢への小旅行だ

その日
朝から大雨で
伊勢への旅を、諦めようかとも思ったけれど
やがて雨は上がると、天気予報は言っていた
遅く出発すると、土曜日で人出も多いから
朝の8時過ぎには
雨降る桑名から、近鉄特急に乗り込んだ

旅の目的は、二つ
「父のお墓まいり」と、「伊勢神宮のお参り」

私の父は、私が3歳の時に、亡くなっている
父の記憶と言えば
薄ぼんやりした中、ガタイのいい、大きな背中のシルエット
その父のお墓に、何年もお参りしていない

そして
伊勢神宮の「内宮さん」と「外宮さん」
伊勢神宮は、私の遊び場
小学校の頃、放課後には遊び走り回った外宮さん
折々には、お参りに行った内宮さん
伊勢神宮の内宮さんと外宮さんに
お参りすると言うよりは
「会いに行く」「顔を見せに行く」
そんな感じ

この日の伊勢市行きは、私にとっての、タイムトリップ

特急が伊勢市駅に着く頃は
雨が、すっかり上がっていた
お墓参りのお線香を求めて
うろうろして、コンビニに入ったら
20歳過ぎの店員の男の子が
はいは〜い!と明るく、売り場を案内してくれ
店の奥から探し出した景品のマッチも付けてくれた
こんなことだけで、感激して
伊勢に来てよかったと思えた

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まずは、バスに乗って、父のお墓へ
お墓に行くのに、バスに乗ったのは初めてだ
いつもは車で行っていたから
バスが、お墓近くまで到達したのに驚いたりした

「 パパ、元気? 美智子だよ 」
ハハハ
元気?って、お墓に尋ねるのは変じゃないか
中学生の頃
母と喧嘩して、上り坂を自転車漕いでお墓に走り
泣きながら、父に告げ口をしたことがあったっけ
お線香に火を付ける
ちゃんと包み紙を、こよりのようにしてマッチを擦ったのに
風が強くて、なかなか火がつかない
あ〜、つかない
あんなに沢山あったマッチ棒だったのに
コンビニの店員さんが、探し出してくれたマッチなのに
とうとう最後の一本になってしまった
「 どうしよう・・・パパ、ごめん 」
あ!
・・・付いた!・・・
最後の一本で、奇跡的に火が付いた
からだが、震えた

父のお墓に手を合わせながら
母より、うんと年上で亡くなった父だったのに
その父の年齢に、自分も近づいていることに気づいた
私も、そんな年になってしまっているんだね
それは、ホント不思議だよ、パパ

お墓から、外宮さんに行くためにまたバスに乗り
でも、ふと思いつき、途中で降りて
自分の住んでいた家のあたりまで、歩いた

大人になって、一人でこの辺りを散策するのは、初めて
私の実家だった所には
似たような小さな家が建っていて
風景が、ほとんど変わらなかった
私の家が建っていた通りは、右も左も突き当たり
ほんの50メートルほどの、その両方の突き当たりに
小さな神社があった
幼い私は、この二つの小さな神様に見守られていたのだろう
お宮に入ってみた
幼いころママゴト遊びをした、石造りの水受けが
全く変わらず、そこにあった
時が、クルクルと、過去へ戻って行く
小さな自分の手を
石の臼に突っ込んで
ピシャピシャと水遊びをしている私が、見えた気がした

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再び歩いて、街の中心部へ

肉屋の「豚捨」で買った、
ミンチカツ(メンチじゃないよ)でお腹を満たし
銀座新道と言う商店街を通ってみた



昔の華やかさはなく
ほとんどシャッターが閉まっていたけど
私の大好きなお茶屋さんは、かろうじて残っていた

小学校の帰り道
私は、毎日、お茶屋さんの前で、長い時間立っていた
お茶を焙じる香りが大好きで
何度も何度も、その場で、深呼吸していた
ス〜ハ〜〜、ス〜ハ〜〜、ス〜ハ〜〜〜
朱色のランドセルを、背中に抱えた女の子が
大きく息を吸って、いつまでも長く佇む姿を
大人たちは、きっと、おかしく見ていたんだろうな

商店街を抜けて通りを渡って行くと
卒業した小学校があった

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校庭に入る

校舎は、すっかり建て替えられていて
私の知っている小学校ではない
でもね
あの木は、あのころと同じように、あったよ
ケヤキの木
校庭に、大きな大きなケヤキの木
でも
子供のころ感じたよりも小さく感じた
太く張った根に、そっと手をあててみた
「けやき」と言う題材で
数え切れないほどの詩や作文を
6年間、いつも、書かされたっけ
「 けやきの木、大きいな・・・」
ものすごく平凡だけど、素直な詩の冒頭を、思い出した





また歩いて、ようやく外宮さんに到着した

外宮さんの中には、大きな池がある
勾玉の形をした勾玉池
遊び場にした勾玉池は、変わりなく静かだ

ある特別に寒かった冬のこと
勾玉池の湖面が凍り
友達と、北国の子がするように
その氷の上を歩いて、向こう側へ行こうとした
でも、池の真ん中に到達する頃
ピシピシ!と、にぶい音が鳴って
慌てて、私達は、岸に逃げ戻ったのだ
その直後、氷が崩れて、水面が大きく揺れたのを
心底、恐ろしい気持ちで見ていた私
口元が、ガタガタと震えた
それを、歯の根が合わないと言うのだと、後で知った
小学生に入ったばかりの頃
母に、きっと怒られるだろうと、幼心でもわかり
何年も、この恐怖の経験は、言い出しかねていた

私の遊び場の外宮さん
私、帰ってきましたよ、外宮さん
あの時、あの冬の日
私を守ってくれましたね、外宮さん

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バスに乗って、猿田彦神社へ

伊勢に住んでいた頃
猿田彦神社や、その中にある佐瑠女神社が、芸能の神様なんて
当時は、ちっとも知らなかった
お参りしたことはあったけれど
あらためて、祈った
「 山村美智です。よろしくお願いいたします 」



また歩いて、おかげ横丁を抜けて、内宮さんへ

でも、急にお腹空いてしまい、うどん屋さんに入った
「伊勢うどん」
子供の頃、真っ黒いツユの伊勢うどんが
スタンダードなうどんだと思っていた

中学生の頃
通っていた女子校のある津市(伊勢市から北へ40キロ)で
友達とおうどんを食べたら、ツユが透明で、思わず
「 いや〜、これ、変や! おつゆ、透き通っとるやんか!」
と、驚いたら、友人達全員に
「 あほか!」
と、呆れられたのを、思い出した

目の前に出された伊勢うどんは
黒いツユだけど、昔より麺が柔らかい
相席になった20代の女の子は、札幌から来たという
「 神戸の友達に会うために、伊勢に寄りました 」
・・・そうか・・・
北海道から見たら、伊勢は、神戸に近いんだね
内宮さんのお参りはすませて、この後は
鳥羽の方の、縁結びの神社を参ると言う
「でも、一人で縁結びに行くのは痛い、って友達に言われて」
ちょっと寂しそうに笑った
「え? 一人だから縁結びに行くんじゃない?
それが、正しいんじゃないの?」
私が、そう言ったら、それまで淡々と話していた彼女が
身を乗り出して、嬉しそうに
「 そうですよね!」
と、目をキラキラさせた
なんだか、こっちまで、若やいで、嬉しくなった

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雨上がりで、一層清々しくなった内宮さんに入った
とてつもなく多い人の波
でも、お正月みたいに、お参りするのに並ぶほどではない
内宮さんに向かって、同じように手を合わせた
「 内宮さん、私、帰ってきましたよ
いつも見守ってくださって、ありがとうございます!」
内宮さんで、変わらないのは、巨木たち
小さな頃から見続けた巨木たちは
そのまま同じ場所で
同じような大きさで立っていた
ひとつひとつ触りながら、つぶやいた
「 帰ってきたよ、私だよ 」

結局、この日、したかったことは、全て終わった
まだ、2時過ぎだったから、ネットで調べて
市内の日帰り温泉に行くことにした
バスとタクシーを乗り継いでお風呂に
ゆっくりと浸かりながら、疲れを癒すことが出来た
お風呂からあがり、伊勢市駅に行くバスを聞いたら
最終が、16時36分だとのこと
近くの病院の前から出るという
慌ててお風呂屋さんを飛び出し、病院へ走った
息を切らせて、大きく威風堂々とした病院に着く
見上げてみた病院の名前は「伊勢赤十字病院」

あ! 日赤だ!

昔は、「宇治山田赤十字病院」と言った病院
そう
私は、ここで生まれた
母が、1日以上苦しんで生まれたこと
生まれた時は、仮死状態で
看護婦さんが、思いっきり背中を叩いて
ようやく蚊の泣くような声で、息を吹き返し泣いたこと
でも、特別に大きくて、4050gもあったこと
母が、何度も語り尽くしたことを
立派にきれいになった病院の前で、思い出した
導かれるようにして、日赤病院の正面に立たされた私
私の原点、私がこの世に生を受けた場所
・・・人生が、始まった所・・・

バスで伊勢市駅に着いたら、お腹が空きだした
外宮さんの前に、鰻屋さんがあったのを思い出した
歩いて行くと、昔のまんまの鰻屋「喜多や」さん
ガラガラと引き戸を開けると
子供の頃に訪れた、そのままの店の椅子
まだ早いから、お客さんはいなくて
店主の奥様なのか、店員さんなのか
中年の女性の方が、応対してくれた
「鰻丼」
やっぱり、美味しい
ご飯にも、ツユがまぶされていて、本当に美味しい
私は、東京の鰻より、美味しいと思う

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お勘定をお願いして、帰ろうとした時
そっと、お店の女性に、声を掛けられた
「 山村美智さんですか?」
帽子もマスクもしているし、ほとんど素顔だし
鰻をいただく時には、女性は奥に入って
見られている感じもなかったので
自分のことを知ってくださっているのに、驚いた
「 山村さんも、厚生小学校出身ですよね
私も、そうなんですよ!」
遠慮がちに喋りかけてくださる言葉は、優しい
そうなの
伊勢の人って、こんな感じなんだ

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鰻屋さんを出た後
なんだか、涙が、溢れ出てきた

一人で、ずっと歩いていたから、寂しかったのかな
疲れていたからなのかな
優しく、話しかけられたからかな
懐かしいことだらけだったからかな
何かに、心が揺さぶられて涙が、次から次へと零れ落ちた

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再び外宮さんの入り口まで来たら
夕焼けが空を染め、荘厳に美しかった
美しくても、泣けてくるもんだ

伊勢市駅までの参道に、昔と全く変わらない古い旅館があった
この旅館の、一人息子さんは
小学1年生の時の、クラスメートだと思い出した
もう少しで、その旅館の玄関を、ガラッと開け
「 ご主人の小学校のクラスメートです。ご主人いますか?」
なんて、叫びたくなった
まるで、何かに酔っ払ってしまったかのように
でも、泣いたばかりだし、突拍子ないから、やめておいた

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伊勢市駅から、特急に乗った時に見たiPhoneの万歩計は
23500歩
たくさん、歩いたな〜

本当に、奇跡のように全てがうまく運んだ旅だった
全てが優しい風景と、優しい人

東京に戻り、母にいっぱい伊勢の写真を見せると
「まあ、懐かしい! あぁ、懐かしい!」
と、何度も、声をあげて喜んでくれた
でもね
次の日には、すっかり忘れてしまっていたけれど

伊勢市内の、アチコチで
子供の頃の私が、ひょっこり顔を見せてくれた
その子供の私を見守って、必死に働いていた母もいた
幼い私と、若い母の、二人きりの家族を
伊勢の神様は、見守ってくださっていたのだと思う
そして
今でも、内宮さんと外宮さんは
ちゃんと見守ってくださっている、はず

伊勢の旅で出会った方々に、心から感謝
伊勢の神様
お墓の中のパパ
伊勢で現れた、小さな私たち
見ててね
これからも、がんばるからね

三重県 | 13:01 | comments(2) | trackbacks(0)

Comment:
2016/04/04 10:46 AM, 朱ちゃん wrote:
長〜い文 見入ってしまいました。
へ〜と思うことも沢山ありました☆
でも私あの汁無伊勢うどん(黒い)を伊勢で初めて食べたとき衝撃的でしたよ!
ウナギは美味しそう!東京でウナギ食べたことないからわからないけど これでしょう鰻丼は絶対!
2016/04/06 10:36 AM, michi wrote:
長〜い文、読んでいただいてありがとうございました!
私も透明のお出汁のおうどんを頂いた時は、衝撃的でした
鰻丼、伊勢で一度召し上がってみてくださいね
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