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「死にたい」は「生きたい」・・・足跡姫

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NODA・MAP「足跡姫」を観劇、カンゲキした

 

カンゲキ、感激した

 

野田秀樹さんが

故中村勘三郎さんに捧げるオマージュの舞台

どこにも、勘三郎さんは出てこないけれど

歌舞伎の起源に近い時代で

舞台に命を捧げる役者達が縦横無尽に跳ね回る

あれは、勘三郎さんだ

全てのセリフも、役者の存在も

荒唐無稽で、奔放で、いつまでも少年のような

勘三郎さんが見えた

 

奇しくも、前々回のブログに書いたように

勘九郎(勘三郎)さんと、親しく接する時代があった

まだ30代の頃

舞台でご一緒し、毎日のように会った数ヶ月

毎晩飲み明かし、話し、口喧嘩になったり、笑ったり

 

真夜中、冬の晴海埠頭

大酔っ払いした役者三人

勘九郎さんと、共演の若松武史さんと、私で

海へ飛び込もうとした

「飛び込むぞ〜〜!」

「飛び込むよ〜〜!」

「飛び込め〜〜〜!」

勢いで、本当に、飛び込んでしまいそうだった埠頭

慌てて、中村浩太郎(扇雀)さんが、前に回り

身を挺して、真剣に阻んだ

「だから、てめえは、ダメなんだよ!」

止める浩太郎さんのこと

やっぱり勘三郎さん、真剣に怒ってた

でも、浩太郎さんが止めなければ

大惨事になっていた、東京湾

 

それから勘九郎さんに会うたびに

何年経って会っても、その度に、必ず

「ほら、あれ、晴海埠頭!」

「そう、晴海埠頭!」

合言葉のように、晴海埠頭と呟き

「大バカ者だったね〜、オレ達!」

と、笑った

でも、もう、笑い合えなくなった

 

勘九郎さんと接した役者達は

きっと、皆、こんな晴海埠頭のような話

てんこもりで

持たせてもらっているだろうな

 

この舞台

中村浩太郎、いや、扇雀さんが出演していらした

楽屋に会いに行った時には

もう、スタスタ帰った後だったから

勘九郎さん、いや、勘三郎さんとの合言葉、

「晴海埠頭」を、扇雀さんとは交わせなかった

扇雀さんは

あの寒い夜のこと、覚えてらっしゃるかな

この舞台「足跡姫」

親友だった扇雀さんの体を借りて

勘三郎さんは、舞台を走り回っていたよね

 

舞台の中

姉と弟の前で死に向かう母親を、回想するシーン

母は、苦しそうに母音だけで声を発する

「イ・イ・ア・イ・・・」

それに子音を重ねてみると

「シ・ニ・タ・イ・・・」

「死にたい」

と、母は言っていたのだと

姉の宮沢りえさんは思っていた

いや・・・違う

「イ・キ・タ・イ・・・」

「生きたい」なのだと

弟の妻夫木聡さんが、否定し、答える場

やがて、その「生きたい」は

舞台に「行きたい」と繋がっていくのだが

この言葉遊びのセリフは、感動的で身に沁みる

 

死にたいと言う人、思う人は

みんな、本当は

生きたいと、訴えているのかもしれない

勘三郎さんも、さぞかし生きたかっただろうし

舞台に上に、行きたかっただろう

 

全ての役者が生き生きと演じている舞台だった

遠い昔の学生時代

東大の教室で初めて見た劇研のままのエネルギーで

野田秀樹さんは

枯れることもなく

老成とか円熟とか言うのとも違う

深い世界を突き抜けている気がした

 

野田秀樹さんの才能に、改めて感服した

勘三郎さん・・・そうだよね

in the audience 客席にて | 18:43 | comments(3) | trackbacks(0)

Comment:
2017/01/22 7:36 PM, ひろしまじゃけん wrote:
観劇、感激、面白いですね♪
役者をしていてやっぱりお互い色んな懐かしいことがありますねo(^-^)o
あっ、ブログのコメント全部書きましたよ(^O^)
2017/01/25 11:42 AM, michi wrote:
いつも、ひろしまじゃけん様
ありがとうございます!
2017/02/01 2:54 PM, s wrote:
早く、死にたい
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